敵をつくる人格について
「敵をつくらない人格って?」
http://whoswho2001-ossann.cocolog-nifty.com/blog/2009/06/post-2aad.html
別に上の記事については特にありません。
ケロロ氏の予測通り、当時の上司が関わっていたようですね。
すでに退職しているそうですが是非臭い飯食ってほしいと思います。
公務員特権なんてなくせばいいのにね?
国家なんて要は超巨大企業なんだから。
まあ、何となく天邪鬼から反対の人格について書いてみる。
今日はそれだけの話ですよ。暇なんだね。本当。
正義感に溢れ、行動力があって、問題は解決しないと気が済まない。
ドラマとか物語によくある主人公的性格と言い換えてもいい。
解決を諦めない。見捨てることをしない。いつでも本気で真剣。
暑苦しいと言い換えてもいいかな?
クールに見せていても心はホットってのが最近の流行かもしれません。
正直、「敵をつくる」ことを恐れない人格って厄介者です。
こういうのが側にいるととにかく疲れる。
巻き込まれたり、つきあわされる方はたまったもんじゃない。
仲間としては頼もしいけど、面倒を見るのは本当にかったるい。
友人には一人いればいいし、上司には間違ってもほしくないです。
いやね?勝てばいいよ?負けたらどうすんの?
ドラマも物語もたいていは「勝つ」から「話になる」んだ。
負けたらそれこそ「話にならない」んだ。
そんでもって、現実には「話にならない話」の方が多いわけだ。
つまり、負けてることが多い。
負けたらどうなるかって?それは最悪だ。ひどい目にあうよ。
堅気なら職を失うか冷や飯を食わされる。
堅気じゃなければ身包み剥がれて命を失う。
どっちも社会的には死ぬ。一時的かどうかって差があるだけでね。
だいたい、誰もヒーローなんて求めていないじゃないか?
いや、求めてはいても、手を貸すつもりがないだろう。
遠くから見てる分にはありがたいこともあるけど、
ほとんどのやつは「見てるだけ」で済ませたいって思ってる。
それで済まない場合はヒーローは厄介者にしかならない。
誰だって、ききたいこともあれば、ききたくないことだってある。
ききたくないことには耳を塞いでハッピーでいられればいい。
ところが、空気を読まずに耳に吹き込んでくるのがヒーローだ。
どう思うかっていえば、むかつくに決まってるだろう。
「ああ、また馬鹿が暴れてやがる。いい加減にしろ。うざったい」
そんな風に忌々しく思うだけじゃないか?
良薬口に苦しっていうけどね。
ガキに苦い薬飲ませても吐き出されて逆ギレされて終わりなんだよ。
それで納得できるのは大人だけだろう。
その大人だって、口に甘い良薬があるならそっちを飲むだろうしね。
つまりだな。「敵をつくる」人格ってのはこの「苦い薬」と同じ。
いいたいことはいうし、やりたいことをやる強い性格ってことだ。
こいつにつきあうには「苦さ」に耐える覚悟がいるんだ。
それができないのに飲まされれば、吐き出しておしまいなんだよ。
しかも、この薬は苦いくせに、飲んでみないと効用がわからない。
苦い思いしたってのに、かえって病気が悪化するかもしれない。
胃の中を荒らしまわって尻から出ておしまいかもしれない。
たまには効果もあるだろうが「苦さ」に見合うかは飲んでみてのお楽しみ。
そんな「苦い薬」を誰が飲みたがるか?
そいつを飲むくらいなら「苦くない薬」で手を打つか、
甘い偽薬でプラシーボの方がいくらか幸せな代物なんだ。
よほどの物好きか瀕死の病人くらいだろう。
――NEETはこう思いますがどうでしょうかね?
ところで、この「敵をつくる」人格ですけど、
現実にはほとんどの場合で主人公よりも半端者なんです。
言いたい放題やりたい放題するくせに、
散らかした後片付けは「敵をつくらない」人格に丸投げとかね?
口では綺麗ごとをだーっと並べてくれるけど、
具体策もなければ、現実をスルーしてくれてたりね?
これに「空気読めない」が加わるともう最悪ですよ。
問題とトラブルを起こしまくって投げっぱなしてくれるわけです。
迷惑ってレベルじゃありません。天災か何かと同じ大惨事です。
結局、バランスです。女性の体のスタイルと同じですよ?
出るところは出て、引っ込むところは引っ込んでるのがいいわけです。
組織でいうなら「ここは空気読むか読まないか」ですかね?
それがうまく判断できて「敵をつくる」のも「敵をつくらない」のも、
うまく切り替えて仕事ができるのが理想的だってことです。
うまくできないなら「敵をつくらない」人格の方がありがたい。
遅効性の毒かもしれませんけれど、すぐには死なないですから。
逆に「敵をつくる」人格は即効性の毒だから敬遠されるわけです。
まあ、組織でのこの辺はギャンブルみたいなもんですね。
ハイリスクハイリターンなのが「敵をつくる」人格。
ローリスクローリターンなのが「敵をつくらない」人格。
もちろん、そうと決めたものではない。
ド安定の「敵をつくらない」人格にベットしても、
繰り返しで負け続けていれば、当然負けはかさんできます。
ずるずると続けてハイリスクを遥かに越える大敗を喫したりする。
でも、「敵をつくる」人格にベットするなら覚悟は必要で、
それよりは手堅く――とついつい素人の負けパターンにはまっちゃうと。
つまり、日本人はギャンブルが下手なんでしょう。
だから、「敵をつくらない」人格が無警戒でもてはやされる。
ハイリスクを受け入れられないチキン組織が多いせいかな?
まあ、責任の押し付け合いしてるうちは話になりませんけどね?
モラル(倫理)ぶった「空気読め!」でロウ(法)の捜査を覆そうとする人もいるんだ。
そんなディーラーに俺ルールで食ってかかる客がいるお寒い賭場だもの。
こんな世の中で「敵をつくらない」人格が選ばれ増えるのも、
ある意味で賢明で当然のことかな?子供はよく見てるもんですよ?
物語の主人公の人格に憧れる?
違うね。それが受け入れられる「主人公の世界」に憧れてるんだよ。
■追記(2009 06 17 7:23)
ああ、一応いっておくけど「決めつける」のは何事でもよくないです。
どっちでもそうだ。「敵をつくる」でも「敵をつくらない」でも何でもです。
薬にもなれば毒にもなりうる。そこは忘れないでくださいね。
まあ、私は敵対上等のやつは苦手だけどね?都合悪いこと多いし。
だからって、そう「決めつける」のもなしだ。
蓋を開けなきゃわからないのはどんな人格も同じですから。
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